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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)5278号 判決

原告

中川日出男

外一名

右原告両名訴訟代理人弁護士

三木俊博

小林保夫

右復代理人弁護士

村本武志

被告

株式会社お菓子のコトブキ

右代表者代表取締役

細谷行雄

外二名

右被告三名訴訟代理人弁護士

華学昭博

岡嶋豊

主文

一  被告らは、原告中川日出男に対し、連帯して金九九〇万円及びこれに対する平成三年七月一八日(有限会社エフ・シーコトブキ大正店については同年九月三日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告中川日出男のその余の請求及び同中川好江の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告中川好江に生じた費用は同人の負担とし、原告中川日出男及び被告らに生じた費用は、これを二分し、その一を原告中川日出男の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告中川日出男に対し二〇六一万円、同中川好江に対し二二五万円及びこれらに対する平成三年七月一八日(被告有限会社エフ・シーコトブキ大正店については同年九月三日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

被告株式会社お菓子のコトブキ(以下「被告コトブキ」という。)及び同株式会社コンフェクショナリーコトブキ(以下「被告コンフェクショナリー」という。)は、和洋菓子の製造販売及びそのフランチャイズチェーンを事業展開する会社であり、被告有限会社エフ・シーコトブキ大正店(以下「被告大正店」という。)は、右フランチャイズチェーンのフランチャイズ店として、昭和五二年七月一六日に設立された有限会社で、資本金一八〇〇万円のうち、原告中川日出男(以下「原告日出男」という。)が四〇万円を、被告コトブキが一七六〇万円を出資している。

原告日出男は、設立以来、被告大正店の取締役に就任し、同被告の唯一の店舗である「コトブキ大正店」の経営に当たってきたが、昭和六一年五月六日の社員総会において、取締役を解任された。また、原告中川好江は、原告日出男の妻であり、同人の取締役在任中、被告大正店の従業員として稼働していた。

2  (車谷公認会計士による検査)

昭和六〇年一一月ころ、被告コトブキは、被告大正店(当時の代表者は原告日出男)を相手方として、大阪地方裁判所に対し、検査役の選任及び検査役による被告大正店の業務及び財産状況の調査を求めた。

昭和六一年三月二五日、大阪地方裁判所は、被告コトブキの右申立てを認容し、検査役として車谷公認会計士を選任した。そして、同検査役は、被告大正店の検査を行い、同年四月二五日、大阪地方裁判所に業務検査報告書を提出した。右報告書の結論は、原告日出男が一一二五万七七九九円を売上除外し、三二六万円を被告大正店の銀行口座から出金して行き先が不明と考えられるというものであった。

なお、被告大正店は、右検査役選任決定を不服として抗告し、大阪高等裁判所は、同年八月一五日に右決定を取り消した。

3  (本件仮差押え)

被告大正店は、昭和六一年五月八日、大阪地方裁判所に対し、原告らの業務上横領に基づく損害賠償請求権を被保全権利として、原告日出男所有の別紙物件目録記載の各不動産及びその他銀行預金について、仮差押命令を申し立て、翌九日に認容決定を得たうえ、一〇日に仮差押登記がなされた(以下これを「本件仮差押え」という。)。

右仮差押えは、平成二年一二月三日、次項の本案訴訟の確定により、取り消され、同月五日に右各不動産に対する仮差押えの登記が抹消された。

4  (本件前訴)

被告大正店は、昭和六一年八月二日、原告らを被告として、原告らの業務上横領に基づく損害賠償等を請求する訴訟を大阪地方裁判所に提起した(以下これを「本件前訴」という。)

右前訴は、平成二年一〇月二二日、横領にかかる損害賠償請求については棄却判決が言い渡され、双方から控訴なく確定した。

5  (本件告訴)

被告大正店は、昭和六一年八月ころ、大阪府警察本部(大正警察署扱い)に対し、原告らを被告訴人として、特別背任罪(有限会社法七七条)で告訴した(以下これを「本件告訴」という。)。

右告訴にかかる被疑事件は、平成元年一月ころ、大阪地方検察庁において、不起訴処分とされた。

6  (不法行為)

被告らは、共同して、次のとおり不法行為を行って、本件仮差押え等を企図、提訴、遂行した。

(一) 被告らは、車谷検査役に対し、当時の大正店の業務内容に関して、故意に、①定価販売をしており、②ロス率が一パーセント以内との虚偽情報を提供し、同検査役に過誤ある報告書を作成させた。

(二) 被告らは、右報告書の内容が虚偽であることを知りながら、それに基づき、本件仮差押え等を提起、追行した。また、本件仮差押えは、超過仮差押えである。

(三) 被告らは、本件前訴において、内容虚偽と知りながら、右報告書を証拠として提出し、従業員である宇佐美経理部長をして、「ロス率は一パーセント以内」との偽証を行わせた。

7  (損害)

(一) 慰謝料

原告らは、横領の嫌疑をかけられ、それにより名誉及び信用を毀損され、本件前訴が棄却されるまでの約四年半の間、多大の精神的苦痛を被った。この苦痛を慰謝するに足りる金額は、原告各自につき二二五万円が相当である。

(二) 支払金利

(1) 原告日出男は、昭和六一年二月ころ、別紙物件目録記載一の不動産(以下「大正物件」という。)を売却して、別紙物件目録記載二の不動産(以下「西成物件」という。)を購入し、大正物件の売却代金をもって、既存債務(大阪第一信用金庫、約九〇〇万円)及び西成物件購入用の融資金の弁済に充てる計画を立てた。

(2) 原告日出男は、同年二月一〇日、西成物件を三二〇〇万円で購入し、三月二五日には、大正銀行(旧大正相互銀行)から二五〇〇万円の融資を受けて、代金支払いに充てた。他方、原告日出男は、大正物件を売りに出し、同年四月三〇日には、三〇〇〇万円で売買契約が成立する直前まで商談が進んでいた。

(3) しかし、同年五月九日、被告大正店による仮差押えの執行により、大正物件の売却が不可能となった。

(4) このため、原告日出男は、大正物件の売却代金を以て返済する予定であった既存債務及び西成物件購入用融資金の弁済をすることができず、本件仮差押えの執行が解放された平成二年一二月まで、次のとおり、金利を支払うことを余儀なくされた。

ア 大阪第一信用金庫分

…………………三二二万八五五三円

(昭和六一年六月五日支払分から平成二年一二月五日支払分まで)

イ 大正(相互)銀行分

…………………八五八万九七三一円

(昭和六一年五月二六日支払分から平成二年一二月二五日支払分まで)

(三) 弁護士費用(本件前訴分)

原告日出男は、本件前訴のための弁護士費用として、原告好江の分を合わせて一一〇万円を支払った。

(四) 弁護士費用(本訴分)

本件の弁護士費用として、原告日出男は、原告好江分を合わせて、二九八万円を支払う約束をした。

8  (まとめ)

よって、原告らは、被告らに対し、不法行為に基づき、連帯して、①原告日出男に対しては二〇六一万円、②原告好江に対しては二二五万円の損害賠償金の支払いを求めるとともに、これら各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である平成三年七月一八日(被告大正店については同年九月三日)から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否・反論

1  請求原因1(当事者)、同2(車谷公認会計士による検査)、同3(本件仮差押え)、同4(本件前訴)及び同5(本件告訴)は認める。

2  請求原因6(不法行為)は争う。

(一) 本件仮差押え等は、いずれも、裁判所によって検査役に選任された、利害関係のない税務会計の専門家の報告書に基づいて行ったものであり、このような報告書を信頼したとしても、被告らに過失はない。

原告らは、被告らが車谷検査役に対し、ロス率及び定価販売の点につき故意に虚偽情報を提供したと主張する。しかし、被告らが提供した情報は、被告らのチェーン店の一般的水準としては正当な情報である。また、仮に内容が誤っていたとしても、同検査役は税務会計の専門家であり、調査に際しては会計書類を精査したのであるから、右の点の報告書の判断は、同検査役自身の判断に基づくものである。さらに、右報告書では、ロス率や定価販売の点は、結論の導出に当たって重要な要素とはなっていない。

(二) 車谷報告書の内容に誤りがあったとしても、それは、原告日出男が同検査役の調査に協力しなかったからであり、被告らに責めはない。

3  請求原因7(損害)は知らない。

なお、本件仮差押えによって大正物件の売却が不可能になったという点は争う。原告日出男は、仮差押解放金を供託することによって、いつでも仮差押の執行解放を求めることができた。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)、同2(車谷公認会計士による検査)、同3(本件仮差押え)、同4(本件前訴)及び同5(本件告訴)の各事実は、争いがない。

二請求原因6(不法行為)について

1  前掲の争いのない事実に後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  検査役選任及び財務調査申立に至る経過

被告大正店は、被告コンフェクショナリーから和洋菓子の仕入れをしていたが、昭和五九年一二月ころから、原告日出男からの経営策改善の提言が容れられなかったことから、原告日出男が、被告大正店から被告コンフェクショナリーへの買掛金支払いを留保したため、原告の買掛金残高が急増し、被告コンフェクショナリーと原告日出男とで話し合いがなされたが決裂した。そのため、被告大正店の社員である被告コトブキは、昭和六〇年一一月ころ、大阪地方裁判所に、被告大正店につき検査役選任の申立てをし、同裁判所は、昭和六一年三月二五日、公認会計士及び税理士の資格を持つ車谷卯一(以下「車谷検査役」という。)を検査役に選任した(〈書証番号略〉)。

(二)  車谷報告書の作成経過と内容

(1) 調査対象

車谷検査役は、昭和五八年四月から昭和六〇年一二月までの期間について、被告大正店の取締役である原告日出男の業務執行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実がないか否かについての調査を行った(〈書証番号略〉〔報告書〕)。

(2) 調査資料

車谷検査役は、被告コトブキから、被告大正店の貸借対照表、損益計算書、得意先元帳の提供を受けたほか、銀行から当座勘定照合表の提供を受け、その他登記簿謄本や住民票等を資料とし、大阪第一信用金庫大正橋支店次長の辻本、被告コンフェクショナリーの宇佐美取締役経理部長及び太田営業係長、被告ら代理人の岡島弁護士、被告コトブキから派遣されて被告大正店の税務手続をしていた由岐税理士に直接会って調査し、原告ら代理人の小林弁護士からも意見書の提出を受けた。しかし、同検査役は、原告日出男本人からは、検査役選任決定に対する即時抗告を提起したことを理由に協力を拒まれたため、被告大正店の原帳簿を検査したり、原告日出男自身から事情を聴取することはできなかった(〈書証番号略〉)。

(3) 報告書の要旨

報告書は、まず、原告日出男の財産形成過程に着目し、①小林弁護士の意見書中に「中川は、……手持金が当時八〇〇万円しかなかったため、……みずから八〇〇万円を投じて開業した。」とあることから、被告大正店の開業当時の手持金を零であるとし、②他方、自宅(大正物件)の土地建物購入資金中、自己資金分(二五〇万円)と昭和六〇年一二月現在の原告日出男の家族全員の預金残高(一一二五万七七九九円)の合計額(一三七五万七七九九円)が、原告日出男の手持資金増加額(一か月平均一六万三七八三円)であると認定し、③これらの財産は、毎月の給料から蓄えられたものであるとして、原告日出男の家族の一か月当たりの収支状況を算定すると、月平均一一万三七二八円の赤字が出る計算になり、④「現金取引が主である会社は、……生活費が不足する場合、この充足のために現金が除外されて、売上を少なく記帳することが累々発生する」との見地から、前記手持資金の形成は、「売上を除外してこれに充てる以外にはないと考えられる」と結論付けた。

報告書は、続いて、被告大正店の決算書を基に、同社の経理状況からの考察を行い、⑤被告大正店の粗利益率(粗利益の売上に対する割合)は、16.5パーセント(昭和五八年度)、16.2パーセント(昭和五九年度)、14.08パーセント(昭和六〇年度)であると算定し、⑥商品については定価販売が守られている旨の太田営業係長の供述を前提に、被告大正店の被告コンフェクショナリーからの商品仕入価格が、売価(定価)の八〇パーセントであることから、粗利益率は、計算上二〇パーセントになる筈であるとし、⑦計算上の粗利益率と現実のそれとの差の原因として、ロス(賞味期間経過による廃棄ロス)を検討し、昭和六〇年一〇月の商品仕入状況及び商品回転期間を吟味したうえで、ロスはほとんど考えられないとの結論を出し、⑧さらに、被告大正店でのロス率は一パーセント以内であるとの太田営業係長の供述にも依拠して、「不明現金売上は、先に述べた赤字一一万円の充足のために充てられた現金と思われる」と結論付けた。

また、報告書は、昭和六〇年一二月三〇日に、被告大正店の口座から引き出された三二六万円の行き先が不明であるとの指摘もしている。

(三)  被告大正店の社員総会

被告コトブキは、昭和六一年五月六日、大阪地方裁判所の許可(昭和六〇年一二月一六日付け)を得て、被告大正店の社員総会を招集した。右総会の議題は、原告日出男の取締役解任及びその後の取締役選任であり、原告日出男、被告コトブキ代理人宇佐美眞(被告コンフェクショナリーの取締役経理部長)が出席し、新取締役として選任された石塚康治(被告コンフェクショナリーの社員)及び被告ら代理人岡島弁護士が同席した。そして、右総会では、原告日出男の取締役解任と新取締役に石塚康治を選任することが決議された(〈書証番号略〉)。

(四)  本件仮差押えの内容

被告大正店は、車谷報告書に基づき、昭和六一年五月八日、大阪地方裁判所に仮差押命令の申立をし、翌九日に右申立てが認容されて、一〇日にその旨の登記がなされた。

右申立ては、被告大正店は、原告らが昭和五三年一一月二〇日から昭和六一年五月六日までの間に、共同して一七〇一万七七九九円を売上除外して不正に蓄財したとして、不法行為に基づく損害賠償請求権を被保全権利とするもので、原告日出男所有の大正物件及び西成物件、並びに原告ら家族名義での銀行預金を対象とするものであった(〈書証番号略〉)。

(五)  前訴判決の内容

被告大正店は、車谷報告書に基づき、原告らに対し、昭和六一年八月二日、本件前訴を大阪地方裁判所に提起した。

本件前訴では、被告大正店は、主位的に、売上金横領による一七〇一万七七九九円の損害賠償を求め、予備的に、被告大正店の口座から出金した金員を横領したとする損害賠償(三九六万五〇〇〇円)、過大な役員報酬(八七万円)の返還、及び原告日出男の貸金元利金名下に支払われた金員(七〇万七六二二円)の返還を求めた。

大阪地裁は、平成二年一〇月二二日、判決を言い渡し、主位的請求については、原告らの横領の事実を認めるに足りる証拠がないとして棄却し、予備的請求のうち、原告日出男が貸金の元利金名下に支払いを受けた金員中、利息分(一四〇万七六二二円)についてのみ不当利得に当たると判断した(〈書証番号略〉)。

右判決は、双方から控訴なく、確定した。

(六)  本件告訴の内容

被告大正店は、車谷報告書に基づき、昭和六一年八月五日、原告日出男を、有限会社法七七条の特別背任罪で告訴したが、この被疑事件は不起訴処分となった(右処分の理由は不明である。)

2  本件仮差押えの不法行為性について

(一)  右事実によれば、本件前訴において、本件仮差押えの被保全債権の不存在が確定されたのであるから、右仮差押えは客観的に違法なものであったと認められる。

(二)  被告大正店の過失について

(1)  本案訴訟において、仮差押命令の被保全債権の不存在が確定された場合において、右命令を得てこれを執行した仮差押申立人が、右の点について故意または過失のあったときは、右申立人は民法七〇九条により、相手方がその執行によって受けた損害を賠償する義務があるものというべきであるが、このような場合には、他に特段の事情のない限り、右申立人において過失があったものと推認するのが相当である(最高裁判所昭和四三年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三四二八頁参照)。

被告大正店は、裁判所の選任した利害関係のない検査役が作成した報告書を信頼するのは当然であると主張するが、それだけで直ちに被告大正店に過失があったとの推定を覆すものとは言えず、被告大正店が、車谷報告書の内容を吟味検討し、その誤りに気付き得た場合には、なお過失があるというべきである。

(2) 前述のように、車谷報告書は、まず、原告らの資産形成過程に着目して、合計一三七五万七七九九円の財源不明財産があるとし、これは毎月の給料のみでは蓄財できないとして、売上から除外したものと判断している。しかし、原告本人尋問の結果及び〈書証番号略〉によれば、原告日出男は、被告大正店の取締役以外に、大阪市中央卸市場内の株式会社大六や小尾義光方に勤務し、給料を得ていたこと、右給料額は、小尾方では、昭和五八年度が七八万二四〇〇円、昭和五九年度が一二五万一五五〇円、昭和六〇年度が八五万九六〇〇円であり、大六では、昭和六〇年九月から六一年五月まで、合計七六万三五〇〇円であったと認められ、車谷報告書は、少なくともこの点を看過したといえる。

このような、原告日出男の他からの収入の有無は、原告らから直接に事情を聴取しないと判明しないことが多いので、原告らに調査協力を拒まれた車谷検査役としては、右の点を看過したのも止むを得ない面がある。しかし、〈書証番号略〉によれば、原告日出男は、右総会の閉会直後、宇佐美眞、石塚康治及び岡島弁護士がいる席上で、大阪中央卸市場でアルバイトをしてきたこと、この点の調査を受け入れる用意があることを述べていると認められるのであって、被告大正店としては、原告らの他からの収入の可能性について調査し、検討することができたというべきである。

(3) 次に、車谷報告書は、被告大正店の経理状況からの考察をし、粗利益の低さを指摘して、売上除外の結論を導いている。そして、右計算は、被告コトブキから車谷検査役に提供された被告大正店の決算書類に基づいてなされている。

ところで、計算上の粗利益(二〇パーセント)と実際の粗利益との差(いわゆるロス率)が生じる原因については、賞味期限経過による廃棄ロスのほか、破損によるロス、試食によるロス、苦情によるロス、値引きによるロスなどがあり(以上につき〈書証番号略〉)、その他にも、節税のために売上を過少申告すれば数値上ロスとして現れるし、店主が売上除外をして横領すれば、それも数値上はロスとして現れると考えられる。そして、決算書類から得られるのは、これらの諸原因を合わせた総合ロス率であって、車谷検査役が把握した被告大正店のロス率も、この総合ロス率であると考えられ、その数値が、3.5パーセント(昭和五八年五月)、3.8パーセント(昭和五九年五月)。5.92パーセント(昭和六〇年五月)であった(〈書証番号略〉)。

このロスの原因について、車谷報告書は、廃棄ロスを検討し、原告日出男のきめ細かな発注の仕方からして、廃棄ロスはほとんど考えられないとしている。また、値引ロスについても、定価販売をしているという太田営業係長からの聴取結果を基に、無いものとしている。車谷報告書は、このように、一応具体的なロス発生原因についての検討を加えたうえで、総合ロス率一パーセントを基準にして、原告日出男による売上除外の有無を推認していることは、記載上明らかである。

しかし、同検査役は、菓子の製造卸売りの経理分析に関与したのは右調査が初めてであり、しかも、調査に当たって他のフランチャイズ店の経理状態を調査しなかったというのであるから(〈書証番号略〉)、廃棄ロス率の判定の正確性には疑問がある。そして、現に、同検査役自身、ロス率一パーセントは常識的に見て少なすぎるとも証言しているところである。(〈書証番号略〉)。また、値引ロスについても、証人古賀(被告コンフェクショナリーの関西営業本部開拓部次長)自身、一般的な値引きの可能性を認めているほか(同人の証言)、原告日出男本人供述によっても、実際にも値引きしていたと認められる。しかも、被告大正店を含めた多数のフランチャイズ店の税務処理をしてきた由岐税理士は、本件前訴において、同人が見ていた範囲ではロス率五パーセント以下の店がなかったこと、三パーセントで収めれば神業とも言えることを証言している(〈書証番号略〉)。また、前掲のコトブキニュース(〈書証番号略〉)には、静岡地区のフランチャイズ店でのロス率について、「七店を平均したロス率は、テナント店での社員購入による値引きを加えてもほぼ一%弱と、非常に低い率を達成」との記述があり、ロス率一パーセントというのが、決して通常のフランチャイズ店の水準ではないと認められる。

これに対して、証人古賀は、被告コンフェクショナリーは、新規店舗開業の際には、オーナーに対して、ロス率は一パーセントであると説明すると証言し、説明用書類(〈書証番号略〉)には商品ロス率1.5パーセントと記載していることが認められる。しかし、同人の証言は、あくまで新規店舗開拓時の説明数値であり、しかもフランチャイズ店からの苦情は特にないというに過ぎず、実際のロス率と一致するものか疑問があるうえに、前記車谷証言調書(〈書証番号略〉)及び由岐証言調書(〈書証番号略〉)の各記載に照らして、これを採用することができない。また、〈書証番号略〉中には、前訴証人宇佐美が調べた範囲の多くの店のロス率は一パーセント以内であるとの証言記載があるが、前記由岐証言調書の記載に照らして、採用できない。なお、証人古賀は、前記コトブキニュースの記載はロス率が高くなりやすいサブフランチャイズ店(異なる会社と二重にフランチャイズ契約を結ぶ店)についての記述であると証言するが、右書面上、そのような内容は窺われない。

なお、被告らは、前記由岐証言は、同人が店主から渡された書類を検討した結果に過ぎず、零細小売業者が税金負担を軽くするために売上を過少に申告することはしばしば見られることであるから、由岐証言で言及されたロス率もこのような税務申告上のロス率を示すものに過ぎず、実際のロス率を示すものではないと主張する。しかし、車谷検査役がロス率算定に用いた資料も、由岐税理士に提供された資料以上のものではないから、車谷報告書に記載されたロス率も、やはり被告らが主張する税務申告上のロス率であると言える。そうであるとすれば、被告大正店のロス率が、他店のロス率と比較して異常に高くない限り、売上除外の事実は推認されないというべきである。

以上より、車谷報告書が、被告大正店のロス率について、一パーセントを基準としたことは、確たる根拠に基づくものではなく、これに依拠して原告らの売上除外の事実を推認することができるものではなかったというべきである。

ところで、前記宇佐美および由岐の各証言調書、証人古賀の証言によれば、各フランチャイズ店の決算書類は、被告コンフェクショナリーに送付されていたものと認められるから、被告大正店は、資料の提供を受けるなどして、各フランチャイズ店の総合ロス率を算定することが可能であり、そうすれば、原告中川が取締役であった時代の総合ロス率が、他店と比較して異常に高いとは言えないことが判明した筈であると考えられる。また、前記由岐証言調書によれば、同税理士は、本件仮差押申立て当時も、被告大正店の税務処理を担当していたと認められるから、被告大正店は、本件仮差押えに当たって、由岐税理士に車谷報告書の記載内容について意見を求めることも考えられた筈である。してみれば、被告大正店は、車谷報告書の記載を鵜呑みにし、この点の検討を怠ったというべきである。

(三) そして、被告大正店が、車谷報告書の内容を調査検討すれば、原告らに対する疑いが完全には払拭されないかも知れないものの、少なくとも車谷報告書に対する疑いは生じた筈であると考えられる。したがって、被告大正店には、過失推定を覆す特段の事情はなく、本件仮差押えは、原告日出男に対する不法行為を構成するというべきである。

3  本件訴訟及び本件告訴の不法行為性について

(一)  本件では、先に認定したように、昭和五九年一一月ころから、被告大正店の被告コンフェクショナリーに対する買掛金債務が急増していた事情の下で、前記のような車谷報告書が提出されたのであるから、被告大正店としては、車谷報告書に記載された内容の真偽を確かめる必要があったと考えられる。たしかに、被告大正店には、原告らの売上除外の有無について、さらに調査をするべき点があったことは先に述べたとおりであるが、だからといって、右のような疑義を明らかにするために裁判制度を利用することが、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとは言えない。

まして、被告大正店は、本件前訴において、原告らの横領に基づく損害賠償を求めた主位的請求こそ棄却されているものの、予備的請求については、原告日出男が貸金利息名下に支払いを受けたことによる不当利得返還の限りで認容されているのであって、この点からしても、本件前訴の提起が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとは言えない。

さらに、原告は、被告大正店が、本件前訴において、証人宇佐美をして、「ロス率は一パーセント」との虚偽の証言をさせたことをもって違法であると主張するが、仮に右証言が偽証であるとしても、本件前訴判決においても右証言は採用されずに主位的請求が棄却されていること、本件前訴においては予備的請求もなされており、ロス率の論点は全訴訟中の一部の争点に過ぎないことからすると、いまだ不法行為を構成するとは言えない。

(二)  また、本件告訴についても、不起訴処分となった理由が不明であるうえに、車谷報告書によって一応の疑いは形成され、前記のような調査を行っても右疑いは完全には払拭されないと考えられる以上、以後の事実関係の究明は捜査機関の権限に委ねられてしかるべきものである。したがって、本件告訴は違法とは言えない。

4  被告らの共同不法行為性について

本件仮差押えが、被告大正店によってなされたものであることは、先に述べたとおりである。しかし、①被告大正店は、被告コトブキが大半の出資をしている会社であって、被告コンフェクショナリーのフランチャイズ店であること(前記認定事実)、②本件仮差押え当時も、被告コトブキと被告コンフェクショナリーは本店所在地及び代表者が共通であったこと(〈書証番号略〉)、③本件仮差押申立ての前々日に、被告コトブキが招集した社員総会によって、原告日出男に代わり石塚が被告大正店の取締役に選任されたが、右石塚は被告コンフェクショナリーの社員であること(前記認定事実)からすると、被告大正店は、被告コトブキ及び同コンフェクショナリーの指示に基づいて本件仮差押えに及んだものと推認され、前記事情からすると、被告コトブキ及び同コンフェクショナリーにも過失があるというべきであるから、これよりすると、被告らは、共同して不法行為責任を負うものというべきである。

三  請求原因7(損害)について

1  支払金利について

(一)  本件仮差押えと金利支払との因果関係

〈書証番号略〉によれば、以下の事実が認められる。

原告日出男は、昭和六一年二月中旬ころ、被告コトブキとの間で、被告大正店の経営のあり方を巡って対立が生じたことから、被告コンフェクショナリーのフランチャイズ店を離脱して西成で別の店舗を営むことを計画し、同年二月一〇日に西成物件を三二〇〇万円で購入し、そのころ、寿商事に対して自宅である大正物件の売却を依頼するかたわら、同年三月二五日、訴外大正銀行(旧大正相互銀行)から、二五〇〇万円の融資を受け、同月二六日に西成物件の所有権移転登記を経由して、大正銀行のために、右物件上に抵当権を設定した。原告日出男は、昭和五四年に訴外大阪第一信用金庫から一一五〇万円の融資を受け、大正物件上に抵当権を設定しており、当時右債務の残高が約九三〇万円程度であったが、大正物件の売却代金で右残債務を弁済し、手持金と合わせて大正銀行からの融資金をも弁済する計画であった。そして、大正物件は、同年四月三〇日には、代金三〇〇〇万円で売買契約が成立する見込みとなったが、同年五月一〇日に本件仮差押えが執行されたため、原告日出男は、大正物件を売却できなくなった。

右事実によれば、本件仮差押えの執行期間中の支払金利相当額は、原告日出男が本件仮差押えによって被った損害と認めるべきである。そして、〈書証番号略〉によれば、大阪第一信用金庫に対する昭和六一年六月五日支払分から平成二年一二月五日支払分(右返済予定表によれば、返済は毎月五日であり、本件仮差押えが執行された昭和六一年五月一〇日時点での残債務額は九三〇万八一〇五円であったと認められる。)までの利息金支払状況は、別紙1のとおりであったことが認められ、本件仮差押えが執行されていた昭和六一年五月一〇日から平成二年一二月五日の間の、原告日出男が支払った利息金総額(日割計算)は、三二一万九九五五円であると認められる。また、〈書証番号略〉によれば、大正銀行に対する昭和六一年五月二六日支払分から平成二年一二月二五日支払分までの元利金支払状況は、別紙2のとおりであり、本件仮差押えが執行されていた昭和六一年五月一〇日から平成二年一二月五日の間の、原告日出男が支払った利息総額(日割計算)は、八四一万五八六八円であったと認められる。

以上によれば、本件仮差押えが執行されていた期間中に原告が支払った利息金の総額は、一一六三万五八二三円となるが、右大正銀行に対する債務中、原告日出男が大正物件の売却代金で弁済できた金額は二〇六九万一八九五円(三〇〇〇万円―九三〇万八一〇五円)以上にはならないこと、本件仮差押えの時点で大正物件の売買契約が締結されたとしても、代金支払を受けるのはそれより遅れることになり、また、売却に当たっての仲介手数料は売却代金から支払われると考えられること(なお、本件では不動産譲渡税は生じないと考えられる。)等を考慮すると、本件仮差押えによって、原告日出男が支払いを余儀なくされた金利額は、九〇〇万円であると認めるのが相当である。

(二)  被告らの予見可能性

前記認定事実によれば、被告大正店は、大正物件及び西成物件の双方を本件仮差押えの対象としたが、大正物件の建物が車庫兼居宅であって、現に原告らが自宅として居住しており、夫婦で被告大正店を営んでいたのに、西成物件の建物も店舗兼居宅であること、西成物件の購入時期が昭和六一年三月二六日であり、折から原告日出男と被告コトブキが、被告大正店の経営を巡って争い、検査役選任の当否につき係争していた時期であったこと、右両物件には前記のような抵当権が設定されていることからすると、本件仮差押えを申し立てるに当たっては、当時、原告日出男が被告大正店の経営に見切りをつけ、別に店舗を営むべく、大正物件を西成物件に買い替える計画であり、右売却代金で前記債務の弁済をする計画であることについて、被告大正店らは、これを予見することが可能であったというべきである。

したがって、原告日出男の前記損害と被告らによる本件仮差押えとの間には、相当因果関係がある。

なお、被告らは、原告日出男は、仮差押解放金を供託することによっていつでも本件仮差押えの執行解放を求めることができたと主張する。しかし、被告らは、原告日出男の大正物件及び西成物件ばかりか、原告らの預金をも仮差押えしており、原告らに他にまとまった資産があると認めるに足りる証拠もないから、原告日出男が一七〇〇万円余りにも上る執行解放金を調達することは、事実上不可能であり、このことは、被告らにも十分に予見可能であったと推認される。したがって、被告らの主張は、採用できない。

(三)  まとめ

したがって、被告らは、原告日出男に対し、連帯して九〇〇万円を支払う義務がある。

2  慰謝料について

本件前訴及び本件告訴が違法でないことは先に述べたとおりであり、また、本件仮差押えが不法行為であるとしても、それによる損害は、先の支払金利相当額の賠償により償われており、それを超えて償うべき精神的損害を認める証拠はない。

3  弁護士費用について

本件前訴が違法でないことは先に述べたとおりであるから、本件前訴の弁護士費用は損害ではない。

また、本件についての弁護士費用は、本件仮差押えと相当因果関係を有する損害というべきであり、その額は、九〇万円と認めるのが相当である。

四結語

以上によれば、原告日出男の請求は、被告らに対し、不法行為に基づき、連帯して九九〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成三年七月一八日(被告大正店については同年九月三日)から支払い済みまで民法所定の年五分の遅延損害金を求める限度で理由があるから、これを認容し、原告日出男のその余の請求及び原告好江の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九二条本文及び九三条一項本文を、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下司正明 裁判官西口元 裁判官高松宏之)

別紙〈省略〉

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